カルカッシ・エチュード第1番
~貴族の散歩と音楽の粋(エスプリ)~
どの作曲家にとっても、エチュード(練習曲)集における「第1番」というのは特別な意味を持ちます。作曲家がかなり力を入れ、その曲集のエッセンスを凝縮して詰め込むのがこの「第1番」だからです。
マッテオ・カルカッシの『作品59』も例外ではありません。
このエチュード集は、カルカッシの晩年に作成されたものです。邦題に「漸進的(ぜんしんてき)」とあるように、1番から順に進むにつれて徐々に難易度が上がり、生徒が着実に上達できるように設計された名著です。
今回は、その入り口であり、最も重要なエッセンスが含まれる「第1番」について紐解いていきましょう。
「Andante」をどう捉えるか?
エチュード第1番の速度記号は Andante(アンダンテ) です。
さて、皆さんはこの言葉をどう捉えていますか?
「メトロノームの数字だとこれくらい…」と、単なるBPM(数値)として捉えてはいけません。音楽用語に向き合う際は、必ずイタリア語の原義に立ち返る癖をつけましょう。
Andante:歩くような速さで
辞書にはこうあります。
「よし!そうしたら歩くような速さで弾くぞ!」と意気込んで演奏してしまいがちですが、ここで一度立ち止まって想像してみてください。
「誰が」「どこを」歩いているのでしょうか?
古典時代の「歩く速さ」とは
この時代の音楽を楽しんでいたのは、主に貴族たちです。
ここで言う「歩くような速さ」とは、現代人が急いで通勤する速さではありません。
「貴族が外の景色を楽しみながら優雅に散歩する速さ」
これを指しています。
当時の貴族にとって、音楽的素養を持つことは教養の一つでした。私たち演奏者は、彼らが庭園を優雅に歩く姿をイメージしてテンポを設定する必要があります。
当時の聴衆を意識した演奏法
このエチュードでは、同じフレーズが繰り返されたり、アウフタクト(弱起)が多用されたりします。
当時の耳の肥えた聴衆――曲の構造を理解し、次を予測して楽しむような貴族たち――を意識して、以下の2点に気をつけて練習してみましょう。
1. 繰り返しの「オチ」を意識する
同じフレーズが2回、3回と繰り返される時、漫然と弾いてはいけません。
関西のお笑いに例えるなら「2度付け禁止、3回目でちゃんとオチをつける」という感覚に似ています。
- 1回目:提示する
- 2回目:強調する、あるいは問いかける
- 3回目:終わり(解決)や変化を明確にする
聴いている人が「そろそろ終わるな」「展開が変わるな」と感じられるように、意図を持って弾き分けましょう。
2. アウフタクトと転調の驚き
アウフタクトで同じ音が選ばれていても、次の小節でメジャー(明るい響き)からマイナー(暗い響き)へ転調することがあります。
当時の聴衆は、高度な音楽的素養を持っています。「お、次はどうなるのかな?」とワクワクしながら構想を楽しんでいるのです。
演奏者はその期待に応えるため、「おや、空気が変わったぞ」という変化を聴衆に意識させる必要があります。